ドキュメンタリストの“後書き”

“悲劇”で終わらせない ドキュメントは視聴者と考えるきっかけ

報道局報道部川﨑直人

「危険木D-6」は、4年前(2019年7月)に起きた事故です。なぜ今、作品に?

私が司法担当していた2022年2月、亡くなった男の子の遺族が、国・佐賀県・唐津市を相手取り、裁判を起こす会見を取材したのがきっかけです。その後、裁判の傍聴、裁判資料の閲覧など取材を続けていると、「国と佐賀県と唐津市が責任のなすりつけ合いをしているな」と感じました。家族と車に乗っていた、小学5年生の男の子がいきなり命を奪われたのに。現場の虹の松原は国の特別名勝に指定されている場所。3者の管理がしっかりしていれば、こんな悲劇はなかったかもしれない。それぞれ安全管理に関わる重要な役割を担っているのに…その後も倒木事故は繰り返し起きています。「本当にこのままでいいのか?」と、取材を続けています。

小学生のお母さんを中心にした放送でした。思うところも多かったのでは?

想像すらできない事故で奪われた、大切な息子さんの命。思い出話をするお母さんの表情には、いつも息子さんへの愛情がにじみ出ていました。その悲しさや怒りがいかほどか・・・私には到底計り知れません。それでも「同じことが繰り返されてはいけない。もう犠牲者を出してはいけないし、私と同じ思いをする人が出てほしくない」と、真正面から取材に応じていただいています。この願いに、安全を管理する側も真正面から向き合うべきではないかと考えるようになりました。とはいえ感情任せにせず公正中立を保つのは報道の大原則です。「悲劇は二度と起きてほしくない」という思いを胸に、取材で事実を積み重ね、プロデューサーや編集担当者と言い回し一つ一つまで議論をしてドキュメントとして世に問いました。

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「目撃者f」で放送してすぐ、全国放送の「NNNドキュメント」に採用されました。

率直にありがたい、見てもらえると思いました。FBSの放送エリア、福岡・佐賀にお住まいの方だけではなく、全国の多くの方々にとって他人事ではないからです。管理体制が複雑に入り組んでいる場所は、虹の松原だけでなく全国各地にあります。多くの方が使う、通る場所の安全管理がきちんとできているか再点検しないと、何が起きるか分からないと思うのです。虹の松原は、国も地域も大切に守り継いでいきたい、誰しも安全という前提で観光などにも訪れる特別名勝です。安全管理を見つめなおす象徴例と考えています。「虹の松原でこんな事故が起きていたことを知らなかった」という声や、「もっと深掘りした内容を知りたい」という声もいただいて、この問題により深く向き合っていかないといけないと感じました。しかし目撃者fは45分枠でしたが、全国放送は30分枠・・・「ここを切って伝わるか」「インタビューを短くしたら舌足らずに聞こえないか」と、かなり苦心しました。

この作品の前には、コロナ禍をテーマとしたドキュメントを制作していますね。

2022年4月に同じく「NNNドキュメント」で放送した、コロナ後遺症に関する問題です。”コロナ後遺症”という言葉も今でこそ浸透してきましたが、当時は「さぼりたいだけなのでは?」と疑う人も多くいました。「誰も分かってくれない」その症状やつらさを経験した患者と、治療にあたっている医師を取材しました。そのほかにも、新型コロナと向き合う医療機関や、サーカスのパフォーマーを追ったドキュメントなどをこれまで製作してきました。どの取材も取材対象者に向き合い、皆さんに少しでも共有できるようにと心がけていますが、壁にぶつかってばかり。勉強の日々です。

「危険木D-6」の続編も含めて、これから作品づくりにどう向き合いますか?

放送後たくさんご意見をいただきました。「放送を見ただけじゃ、倒木事故に巻き込まれたお母さんが、なぜ前方不注意で書類送検されたのか理解できない」というお言葉もありました。警察や検察への取材は特に足りていないと思っていますし、「なぜ事故が起きたのか」を追及する裁判は今も続いています。今後も取材を尽くして、皆さんが消化不良と感じられたところまで深掘りして続編をお伝えしたいという気持ちです。また同時に、虹の松原は国の特別名勝、唐津のシンボルです。人命を最優先に、どのように対応すべきなのか…。行政だけでなく、多くの方々に考えるきっかけを提供したいと考えています。また、「危険木D-6」だけではなく、そのほかのテーマに関しても、疑問を深掘りして、現状の課題などに迫る取材をしていきます。

◆川﨑直人のプロフィール

2017年入社。制作スポーツ局(スポーツ担当)を経て、報道局報道部に配属されて6年。現在は北九州支局の記者として、ジャンルを問わず奔走中。趣味は最近始めたゴルフ。