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不法妊娠させられて~引き揚げ女性たちの叫び~
2025.09.28

不法妊娠させられて~引き揚げ女性たちの叫び~

今回の目撃者fは、

日本が進出し外地と呼ばれたアジア太平洋地域からの引き揚げには、戦後あまり語られることのなかった苦難の歴史があります。

ソ連軍が侵攻した旧満州などでは日本人女性たちが性暴力を受け、望まぬ妊娠を強いられたのです。

そうした女性たちの妊娠は当時“不法妊娠”と呼ばれ、戦後最大規模の引き揚げ港の一つ・博多港から車で40分ほどの場所には、極秘裏に中絶手術を施す医療施設が存在していました。

戦後80年、日本が始めた戦争が日本人をも苦しめた現実を、改めて見つめます。

不法妊娠させられて~引き揚げ女性たちの叫び~

「中国人は集団で襲ってきて」「ソ連兵は金目の物を取って…」敗戦後に生活が一変したと語るのは、北九州市八幡西区の山本寿美子さん(94)。
不法妊娠させられて~引き揚げ女性たちの叫び~
現在の中国東北部・旧満州からの引き揚げ者です。無法地帯と化した現地では、さらにおぞましい出来事が―。

当時14歳だった山本さん自身は被害に遭わずに済みましたが、同年代の少女から年配の女性まで、旧満州に侵攻してきたソ連兵から性暴力を受けたというのです。

性暴力を受けた日本人女性たちの中には、子どもを身ごもってしまった人も―。不安を抱えながら引き揚げてきた女性たちに対して中絶を施す医療施設が、現在の福岡県筑紫野市にありました。
不法妊娠させられて~引き揚げ女性たちの叫び~
その施設は“二日市保養所”。実際に中絶手術を行った医師の一人・秦禎三さんが、25年前、FBSのインタビューに応じていました。

「麻酔なしの手術だったが、女性たちは声も出さず我慢し、誰一人声を上げなかった」そう振り返った秦さん。

当時は中絶が厳しく禁じられていた時代で、医師も堕胎罪に問われる恐れがありましたが、全く頭になかったといいます。

「とにかく女性たちの体を軽くして無事に帰さないといけないということだけだった」

二日市保養所は、博多港周辺で幅広く活動を展開した医療グループが自発的に始めたものでしたが、これとは別に、国も全国各地で組織的に対処しようとしていたことがうかがえる文書が残されています。
不法妊娠させられて~引き揚げ女性たちの叫び~
国が、当時は法律で禁じられていた中絶を超法規的に進めようとした理由とは―。

医療グループは、博多港の近くに引き揚げ孤児の養育施設「聖福寮」も立ち上げました。その寮長だった小児科医の娘・朝山紀美さん(83)。
不法妊娠させられて~引き揚げ女性たちの叫び~
寮で暮らしていた時期がある朝山さん、一枚の写真を見せてくれました。その中に写っていた職員の女性に抱きかかえられた女の子は、髪の色や目の色が特徴的だったといいます。

「母親が、20日前に産んだ子を預かってもらえないかと、土下座して泣いて頼み込んだ」女の子を預けた女性は、外地で性暴力を受け引き揚げ船で出産した―朝山さんは、寮の関係者からそう聞かされました。

二日市保養所の跡地には、水子地蔵がまつられています。身も心も傷つけられた女性たちの無言の叫びを、静かに伝え続けています。


目撃者f
2025年9月28日(日)深夜1時55分

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