2010年8月22日
僕たちの、夏 ~宮地克彦 2軍コーチ補佐~



大きな身振りで指導する姿は
まさに熱血漢。
ライオンズを戦力外、
トライアウトを経てホークスへ。
今は2軍で選手を指導する宮地克彦。
21年前の夏。「負ける悔しさ」を思い知った。
【宮地】
「目の前で校歌を歌われるのってすごく屈辱で。
負けるっていうのはすごい悔しさの何物でもないんです。
やっぱり負けた時の衝撃が忘れられないんですね。」
当時ピッチャーだった宮地は、
大会ナンバーワン左腕と言われ、
尽誠学園を初のベスト4に導いた。
迎えた準決勝。
1点を追う土壇場の9回。
仙台育英のピッチャーが乱れ、
同点に追いついた。
相手はのちに
ホークスでプレーすることになる大越だった。
しかし、延長10回。
今度はその大越に勝ち越しのタイムリーを許してしまう。
「負けるはずはない」
その裏、
尽誠学院は宮地が2ベースで出塁。
さらに3塁まで進み
試合を振り出しに戻す絶好のチャンス。
しかし…
【宮地】
「延長の時は1点は入るだろうと。
ちょっと行けるとは思っていたんですけど、結局ホームは遠かったですね。」
差はわずかに1点。
しかし、思い知った。
負けることがこんなにも悔しいものかと。
ライオンズで13年。
戦力外となった後も、
トライアウトから這い上がり、
ベストナインにまで輝いたホークス時代。
プロでの16年間を支えたのは
あの夏、胸に刻んだ思い。
「もう負けたくない」
宮地の、夏。
指導者となった今、
若い選手に伝えたいことは・・・
【宮地】
「もっと喜怒哀楽の激しい選手がほしいですね。
指導者として、そういう選手がソフトバンクも一人二人と増えてくれば、
イコールそれが優勝する力の原動力になるんじゃないかなと思うんですよ。
そこをぜひとも、一人二人といわずに、五人六人と育てて
ヤフードームに送り出したいなというのはありますね。」
まさに熱血漢。
ライオンズを戦力外、
トライアウトを経てホークスへ。
今は2軍で選手を指導する宮地克彦。
21年前の夏。「負ける悔しさ」を思い知った。
【宮地】
「目の前で校歌を歌われるのってすごく屈辱で。
負けるっていうのはすごい悔しさの何物でもないんです。
やっぱり負けた時の衝撃が忘れられないんですね。」
当時ピッチャーだった宮地は、
大会ナンバーワン左腕と言われ、
尽誠学園を初のベスト4に導いた。
迎えた準決勝。
1点を追う土壇場の9回。
仙台育英のピッチャーが乱れ、
同点に追いついた。
相手はのちに
ホークスでプレーすることになる大越だった。
しかし、延長10回。
今度はその大越に勝ち越しのタイムリーを許してしまう。
「負けるはずはない」
その裏、
尽誠学院は宮地が2ベースで出塁。
さらに3塁まで進み
試合を振り出しに戻す絶好のチャンス。
しかし…
【宮地】
「延長の時は1点は入るだろうと。
ちょっと行けるとは思っていたんですけど、結局ホームは遠かったですね。」
差はわずかに1点。
しかし、思い知った。
負けることがこんなにも悔しいものかと。
ライオンズで13年。
戦力外となった後も、
トライアウトから這い上がり、
ベストナインにまで輝いたホークス時代。
プロでの16年間を支えたのは
あの夏、胸に刻んだ思い。
「もう負けたくない」
宮地の、夏。
指導者となった今、
若い選手に伝えたいことは・・・
【宮地】
「もっと喜怒哀楽の激しい選手がほしいですね。
指導者として、そういう選手がソフトバンクも一人二人と増えてくれば、
イコールそれが優勝する力の原動力になるんじゃないかなと思うんですよ。
そこをぜひとも、一人二人といわずに、五人六人と育てて
ヤフードームに送り出したいなというのはありますね。」