Now loading...

ホークス情報

2010年8月8日

僕たちの、夏 ~杉内俊哉~

僕たちの、夏 ~杉内俊哉~僕たちの、夏 ~杉内俊哉~
【杉内(高校時代)】
「きょうはお母さんの誕生日だったので勝ててよかった」

1998年、夏。
自身二度目となる
聖地・甲子園のマウンドに上がった杉内俊哉。

子供のころからの憧れ。
甲子園で杉内は多くを学んだ・・・

【杉内(現在)】
「やっぱりノーヒットノーランしたのが一番大きいですね。
 僕の中で思い出としては。
 ちょうど母の日の誕生日でもあったし…」

1回戦・8月11日は母・真美子さんの誕生日。
最高の誕生日プレゼントを…

聖地・甲子園で躍動する杉内。
母へのプレゼント…
それは史上21人目のノーヒットノーラン。

【杉内(高校時代)】
「すごくうれしいです。」


しかし、つづく2回戦。
平成の怪物・松坂擁する横浜戦。
杉内はそこで力の差を目の当たりにする。

(Q、当時の持ち球はストレートとカーブ?)
【杉内(現在)】
「そうですね、その2種類だけですね。」

ストレートとカーブ。
自信を持って臨んだ杉内。

序盤、緩急をつけたピッチングで
杉内が横浜打線を抑える。

対する松坂も
自己最速の151キロを計測するなど、
平成の怪物の実力を見せつける。

両エース譲らぬ投手戦。

そして、
鹿児島実業1点ビハインドで迎えた8回ウラ、
甲子園の神様は杉内に微笑んではくれなかった・・・

【杉内(現在)】
「すごいのひと言ですよ。右バッターが右方向に長打って。
 僕なかなかくらったことがなかったんですよ、
 それをやっぱり西武の後藤とか、
 ライトフェンス直撃とか普通に打ってましたんで、
 やっぱりモノが違うなというのがありましたね。」

結果は…0対6

杉内の高校野球は幕を閉じた…


あの夏から3年。
社会人、三菱重工長崎からプロの門を叩いた杉内。
プロ入り後、毎年、毎年、
黙々と練習に取り組む背番号47の姿が。

【杉内(現在)】
「(甲子園の)匂いとかよく覚えていますね。
  夏の匂いとか…
  う~ん思い出しますね。」

ストレートとカーブで勝負した甲子園。
そして、そこで味わった悔しさ・・・

あの経験があったから・・・

自分に足りないものを見つけることができた。

(Q、甲子園を経験したからこそ
  今、プロで活きているというところは?)
【杉内(現在)】
「なんだろう…
 どんなに苦しくても投げ出さないという気持ちだし、
 我慢するという気持ちは持っていますね。」

高い壁にぶつかった甲子園。
だが、決してそこから逃げださず、
立ち向かい成長を続けた杉内。

甲子園の匂いを思い出すたび、
杉内はさらに強くなっていく。

メールはこちらから

【E-mail:24時間募集中!】
sports@fbs.jp

あなたのメールを番組でOA!
質問、疑問、応援メッセージなんでもOK!

*お預かりした個人情報は、当社の制作および放送に関する個人情報本人との連絡に利用いたします。

 


 

Now loading...