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ホークス情報

2017年10月1日

CS先発入りへ!! 攝津正 “復活”への道のり


『9月16日 福岡ソフトバンクホークス リーグ制覇』


チームが優勝を決めたこの日。
彼は、プロ入り後初めて、その輪の中に入れなかった。


【攝津投手】
「家に帰ってからテレビで見たのが最初でしたね。
 あー優勝したんだくらいの感じで、ゲーム差も開いてましたし。
 優勝の時自分が入れなかったという悔しさはありましたし、
 ちょうど優勝したその日に2軍で先発でしたし、
 色んな複雑な気持ちではいました。」


それでも、彼は帰ってきた。
4ヵ月ぶりの1軍登板で好投。
CSで、先発の可能性を残した。



攝津正、35歳。
元エース。復活への道。



【攝津投手】入団会見
「安定感とコントロールをセールスポイントにしているので、
 期待に応えられるように頑張りたいです。」



入団会見の言葉通り、プロ生活は順調だった。
ルーキーイヤーは、セットアッパーとして、70試合に登板。


最優秀中継ぎ投手と新人王のタイトル。
先発転向後の2012年には、開幕投手に指名され、
両リーグ最多の17勝。沢村賞に輝く。


しかし、昨シーズン。
5年連続の開幕マウンドで、3回6失点ノックアウト。
2016年は、わずか2勝に終わった。


そして、契約更改での、この言葉…。


【攝津投手】
「投げられるポジションがもう無いと思っていますし
 ゆっくりしていられる立場ではないし、早く仕上げなければいけない。」



もう、エースという立場ではなくなった。
少しでも早く体を作ろうと、
今年1月、初の海外自主トレを敢行。


すでに、ベテランと呼ばれる年齢。
その体を、徹底して鍛え抜いた。


ダッシュメニューだけで、およそ2時間。
焼けた肌から、大粒の汗が落ちる。


【攝津投手】
「ついていくだけで精一杯です」



決意を込めた2017シーズン、だったが…


春先から、1軍登板を重ねるも1勝目が遠い。
5試合で結果を出せず、5月24日を最後に、登録抹消。
夏場を2軍で過ごすこととなった。


【攝津投手】
「しょうがないんじゃないですかね。実力の世界ですし。
 今までも順調に行ってるように周りの人は見ていたと思いますけど、
 プロに入るのも遅かったですし、
 ただプロに入って順調に行ってただけであって、
 こういうことは今までもありますし、マイナスには考えてない。」


およそ1年も遠ざかった、1軍での白星。
ただ攝津は言った。
『つらい状況は過去にもあった』と。
それは、社会人時代にさかのぼる。



攝津投手は、高校卒業後、
宮城県のJR東日本東北に進みました。


午前中は、駅のホームに立つこともあれば、
パソコンの前で経理の仕事をすることも。
そして午後からは、野球漬けという毎日でした。


当時の投手コーチ、阿部圭二さん。
その第一印象は…


【阿部さん】
「高校卒業して3年目、あまり記憶に残るような選手ではなかった。
 てんでバラバラな感じ、まだフォームが未完成だという話は伺っていた。」


もともとは、大きな特徴の無い投手。
能力が大きく開花した理由の1つは
『ピッチングフォームの変化』です。


実は高校時代まで、
オーソドックスなオーバースローで投げていました。


今のような、テークバックの小さなフォームは
動きの無駄をなくすために
社会人時代に作り上げたものだったのです。


当時、エースの座を争った、福家大さん。
攝津投手のブルペンでの姿を、鮮明に覚えていました。


【福家さん】
「無駄の無いフォームを極めるために、
 みんな投げ終わってもブルペンで投げてたりというのはありましたね。
 200球を2日3日続けて投げて、こっちが大丈夫かと思うくらいだった。」


独特なフォームを、努力で作り上げると、
4年目に、チームのエースに。


そして、都市対抗野球での好投。
さらに、ワールドカップの日本代表にも選出。


憧れのプロへの夢が、一気に膨らみました。
しかし…



【阿部さん】
「3年くらいは、プロ候補としてスカウトの方々が
 スタンドで視察してというのはあったけど、
 なかなか指名されなくて、周りの方が気を使った。
 見せたくないというので、
(ドラフトの日も)テレビを見ることなくグラウンドで練習している、
 そういう感じだった。」


毎年のように、ドラフト指名候補にあがるものの、
野球の神様は、なかなか微笑みませんでした。


【福家さん】
「表情とか口には出さないんですけど、プロに行きたいとか。
 ドラフト会議で指名されなかったとき、
 初めて、落胆した姿を、人前では出さないが私は見ていた。
 本人もプロへの思いがあったんだなと感じた。」



結局、プロ入りまでにかかった時間は、実に8年。
26歳になっていました。


【攝津投手】
「今よりしんどい野球人生ですよね。
 いくら結果を出してもプロに入れませんし、
 注目もされなかったですし、
 だからこうやって今プロでやれてるので、
 楽しいですし、幸せだと思っています。
 強い気持ちは持たずに、淡々と自分の仕事をしていれば、
 いつかはチャンスが回ってくると思ってますし、
 そういうことが一番いいのかなと。
 それでプロに入れたというのがあるので。」



社会人時代の8年に比べれば
数か月の2軍生活など、苦ではなかった。
復活を信じ、自分らしく、淡々とボールを投げ込んだ。
苦しかったあの時と同じように。


【攝津投手】
「2軍ではもう一度原点に返るというか、
 今まで自分がどうやってきたのかというのを再確認しましたね。
 気持ちもそうですし、フォームとか技術面もそうですし
 しんどさもないと言ったらウソになりますけど、
 誰もが来るみんな来るものだと思いますし、
 これを乗り越えてドームのマウンドに立ちたいと思っていました。」



そして…やっとチャンスが巡ってきた。
9月24日、春先以来の1軍の舞台。


『攝津に白星を』。
ナインの気持ちも、一つになっていた。


【福田選手】試合前の円陣
「攝津さんが4か月ぶりの登板なんで援護しましょう!」


【攝津投手】
「すごい救われた部分も多いですし、
 声をかけてもらって心強いですし、
 抑えてやろうという気持ちになる。」


攝津自身も、これまでとは、変化を加えて臨んでいた。
それは、試合前ブルペンでの投球数、57球。
他の投手と比較しても、その数は異例の多さだった。


【攝津投手】
「ファームでの試合での反省と自分の傾向、
 立ち上がりがどうしてもあまり良くないので
 そこを改善しようと思って色々試してやっていました。」


4か月の2軍生活で、自分を見つめ直した。
その成果が、初回に早速現れる。


楽天先頭のオコエに対し、
ストレートを2球続けて追い込むと、
決め球はカーブで3球三振。


続く藤田は、
外角いっぱいのストレートで空振り三振。


銀次には、カットボールで詰まらせ、内野ゴロ。
最高の立ち上がりを見せた。


すると3回、高田の一発で、先制点。
4回には中村がファインプレー。
5回には、松田のバント処理から、ダブルプレー。


『攝津を勝たせたい―』


チームメイトの思いに応え、6回までゼロを並べた。


7回、フォアボールの後、ヒットを許し、1塁2塁。
この日最大のピンチを迎えたところで、ベンチが動く。


勝利投手の権利を手にしたまま、後続をリリーフに託した。
このまま、2アウトとなり、3番手は嘉弥真。


8回、9回は、岩嵜とサファテがいる。
そういう意味では、あとアウト1つ。


初球だった…。

《カキーン》

逆転の3ラン。
1年ぶりの勝利が消えた。


【攝津投手】
「打った瞬間あっという感じで。それだけです。
 ただ逆転されたと、それだけです。」


そして、試合後に、目に飛び込んできたのは…
嘉弥真に、笑顔でかけよる姿だった。


【攝津投手】
「ずっと裏で嘉弥真が気にしていたんで、
 『しょうがない。気にするな』と声をかけました。
 チームが最終的に勝ったので、
 それが先発も中継ぎも大事なことだと思うので。」


先輩投手としての立ち居振る舞い。
そして、攝津らしい,、粘り強いピッチング。
4ヵ月ぶりの1軍で、確かな爪痕を残した。


【攝津投手】
「(CSの先発枠に)自分は残れるか残れないか
ギリギリのところにいると思うので、
残るには結果を残していかなきゃいけないので、
しっかりしたピッチングをしていきたいと思います。]



常勝ホークスを支えてきた元エース、攝津正。
その2017シーズンは、まだ終わっていない―。

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