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2009年10月4日(日)

小久保裕紀 「野球とは、」

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今シーズン142試合目のグラウンドに立った小久保。
※10月4日現在
ここまでチーム唯一の「全試合出場」を続けている。

キャプテンとして迎えた今年、
小久保はある「覚悟」を持って、シーズンを戦うことを決めていた。

【小久保】
「自分がチームのためにこうしたほうがいいんじゃないかと
 思うことを遠慮することは、それは責任を果たしていないことになる。」

「遠慮はしない。」
そう誓って、臨んだ、37歳・プロ16回目のシーズン。

向き合ったのは、ウソのない本当の自分の姿。
「キャプテン」小久保裕紀にとっての、「野球」とは?

2月、秋山新体制の下、
小久保の16年目シーズンがスタートした。

ジャイアンツからホークスに復帰して、3年。
新監督から「キャプテン」に指名された
小久保がこだわったのは、
「キャプテン」としての存在感を周囲に見せること。

【小久保】
「(復帰して2年は)僕が先頭に立って、引っ張る必要がないと思っていた。
 3年間チームを離れたということもあるし。
 プレーオフで敗れたとはいえ、実質的にレギュラーシーズン1位を
 ずっと戦っていたわけですから。そういうことが必要のないチームという認識で。」

「責任」ある立場に身をおいて、シーズンを戦う「喜び」。
小久保自身にとっても、今シーズンは特別なものだと言えた。

1993年、ドラフト2位でホークスに入団して以降、
スター選手として輝かしい成績を残してきた小久保。
一方で、いつも注目されたのが、その「キャプテンシー」である。
一時在籍した、あのジャイアンツでも、
「移籍選手としては初めて」キャプテンを務めた。

そのリーダーシップは球界屈指。
では、その「キャプテンシー」のルーツとは?

【小久保】
「3年生の時も、低学年のキャプテンして、4年生、5年生、6年生もキャプテン。
 中学校の時もキャプテンで。
 高校生の時はピッチャーをやってたんで、副キャプテンだったんですけど、
 大学でもキャプテンで。基本的にはアマチュアのときに、
 人のことでずっと怒られてきたんですよ。
 当時の監督さんにですね。自チームの代表なんだから、チーム全体を見なさいと。
 小中高それぞれの監督さんの指導で、それが培われてきたんだと思う。」

原点は小学生の頃。
「キャプテン」という言葉は、
その頃からいつも小久保と、ともにあった。

大学卒業後に飛び込んだ、プロの世界。
「チーム」の結果よりも、まず「個人」としての結果を求められた。

これで「野球に専念できる」。
そんなことも頭をよぎる中、入団からまだ間もない頃だった。

【小久保】
「プロに入って、石毛さんがですね。
 亡くなった根本さんに、「プロなんだから自分のことだけしたいから、
 チーム全体のこととか、アマチュアの時からやってきたんで、
 もう自分のことだけしたい」という話をしたときに、
 根本さんが、石毛さんに対して「それは出来る人しか出来ないし、
 出来ないやつは、そういう名前の候補にも挙がらないし、話題にものぼらない。
 お前もそうやって選ばれているんだから、同じプロ野球人生を、自分の個人のこともするし、
 それもきっちりしなさい。」と根本さんに言われたらしいんですね。
 それを石毛さんに聞いて、「お前もずっとそうなんだから、そのつもりでやれ」と。
 そんな話しをしてもらって僕もそこで、
 ある程度、チーム全体をどうするかということに関しては、意識して、
 自分の現役生活の技術アップとともにやろうと思った。」

毎年、下位に低迷していたチーム。
一流のプロ野球選手が、
入団したばかりの小久保にみたものとは。

その後、チームは小久保の成長とともに
常勝軍団へと変貌を遂げていった。

揺らぐことのない「野球への熱い思い」こそが、
チームを勝つ集団へと変えた
「小久保のキャプテンシー」。

そう話をするのは、小久保の16年間を知る、男。
いまでも、影で、小久保とチームを支える金岡用具担当だ。

【金岡】
「大学からずっとキャプテン張っているというところは、その頃から見えていたし。
 (小久保は変わった?)変わってませんね。基本的には。何も変わってないと思います。」

8月4日。
ヤフードームで行われた、ロッテ戦。
勝利目前の9回、
カメラは、「怒る」キャプテン小久保の姿を映し出していた。

【小久保】
「今年、秋山監督にキャプテンしろといわれていなければ、あそこまでは出来ないです。
 出来ないというか、遠慮はしていましたね。」

プロ3年目の大隣。
この日、完投目前に連打を浴び、交代を告げられていた。
しかりつける小久保。
3万人の観衆が見つめていた。

【小久保】
「彼に対しては期待も大きいですし。
 他球団の選手も、僕はファーストなので、話す機会も多いんですよ。
 その時に、彼の球を、みんな褒めるんですよ。
 一年間、ファーストについたときに、相手チームの評価も分かるので、
 それだけ良いものを持っていてというところで、行動に出てしまう。
 (感情?キャプテンとしての使命感?)
 しゃべりだしてからは感情が入って、後で反省したんですけど。
 それまでは、冷静。積み重ねがあったので行こうと。」

【大隣】
「色々自分に「成長して、いいピッチャーになれる要素があるから、
 頑張ってほしい」というのも言われたことも、交代、降りるときにも。
 そういう場面で、小久保さんにそういう風に言ってもらえるだけでも、
 自分としては、これからもっと成長していかなくてはいけないところもたくさんなるので、
 怒られたというよりも、有難く受け止めている。」

【小久保】
「やっぱりジャイアンツに3年間いって戻ってきたときに
 自分自身の中に遠慮があるなと感じていたので。
 その遠慮があったとしても上手く後ろから押せればいいなと2年間思っていたんですけど、
 どうも僕自身の生き方にそれは合わないと思うんですよね。
 たぶん僕はみんなの前に立ってやった方が
 僕の性格的にも生き方的にもあってるんじゃないかなというのを感じていたんで。」

小久保裕紀の
「キャプテンシー」。

「必然」ともいえる
「キャプテン」小久保の誕生。

今シーズン、
小久保自身も「自分らしく」、
シーズンを戦っている。

【小久保】
「何よりもチームから離れてしまうと、何もできなくなるので。
 いくらケガして、リハビリしてるときに、こっちにみんなに声をかけてといっても、
 それはチームを引っ張れないんで。
 (「キャプテン小久保」でチームは変わった?)
 それは分からないですね。自分でそこは客観的に見るのは厳しい。
 そこは周りの人が評価してくれるところ。周りの人の意見だと思う。
 僕は自分がやるべき姿のものをしっかりやろうと。」

「キャプテン」小久保の誕生で
チームは変わったのか?
その答えが出るのは・・・、あと少し。