番組について知りたい

ホークス情報

2008年10月12日(日)

王監督と選手たちの絆

王監督と選手たちの絆王監督と選手たちの絆王監督と選手たちの絆

10月7日、王ホークスの歴史が幕を閉じた。


ホークスを愛し、野球を愛した男・王貞治。
14年間で紡いだ「絆」とは…


《王監督・小久保裕紀》

【小久保】
すべて含めて人生の先輩として強く影響を受けた。


王監督が就任した95年、
2年目の小久保はレギュラーに定着し
ホームラン王のタイトルを獲得。


そして99年には4番を打つまでに成長したが
シーズン前半は打撃不振に陥る。


【小久保】
ただ監督が4番か使わないということで
打順を下げずに前半戦は使ってくれたので
最後にはずっとあいつを4番でつかっていて良かったと
言ってもらえるように頑張りたい。


ホークスはこの年、初のリーグ優勝、そして日本一。
小久保はチームに大きく貢献した。


しかし2003年のオフ。
ジャイアンツに移籍。
この突然の移籍にも王監督は・・・


【王監督】
プロ野球人としての手本になる選手だからジャイアンツにとっても
いい刺激になる。


小久保はジャイアンツの右打者として
史上初の40本塁打を達成。
移籍選手として初のキャプテンも務めた。


そしてついに2006年オフ、
小久保がFA権を行使しホークス復帰。


【小久保】
最大の要因はやっぱり王監督の下で
もう一度やりたい。


ホークスに復帰して2年、
今シーズンバッティングの調子が上がらない小久保を
4番で使い続けた王監督。
そこには以前と何一つ変わらない信頼があった。


【小久保】
最後の14年間ずっとお世話になって
監督さんのおかげでここまでこれたんで
本当に感謝しています。



《王監督・斉藤和巳》

【王監督】
斉藤和巳というピッチャーがね・・・
彼に先発陣を引っ張っていってもらいたい。


2003年初の開幕投手を務めた斉藤和巳は
プロ野球新記録となる先発16連勝を記録するなどシーズン20勝。
初の沢村賞を獲得しチームの日本一に大きく貢献。
翌年からも勝ち星を重ねチームの絶対的なエースへと成長を遂げる。
しかし…


【王監督】
ピッチングで相手チームに勝つということ以外に、
チームの士気を高めるという意味で、
ものすごく大きな存在でしたから
彼が戦線離脱したのはいろんな意味で大きかったですね。


2007年右肩の筋疲労で僅か6勝。
さらに今年の1月には右肩を手術。
今シーズンの復帰は絶望となった斉藤に
王監督はー


【斉藤】
お前は右肩のことだけを考えて
今シーズンの事はいいから
しっかり直して戻ってこいといわれました。


王監督最後のシーズン。
斉藤はマウンドに立つことはなかった。
しかし、王監督からかけてもらった言葉に
どう答えを出すのか分かっている…


【斉藤】
コレだけの影響のある監督の下で13年間出来た喜びを感じています。
困った時には思い出してこれからの野球人生を歩んでいくと思います。


《王監督・城島健司》

王監督「最後の勇姿」を目に焼付けつけた男がいる。
マリナーズ城島健司。


【城島】
このチームの中からメジャーに行けと…


王ホークス、最初のドラフト指名選手。


【城島】
僕の野球観はすべて王さん。


この二人にもかけがえのない絆がある。


【城島】
ユニフォームであんなに輝ける人間になりたいな、
あぁいう男になりたいなといつも思っていた。


城島はプロ入り3年目に正捕手となったが、
チームは成長の真っ只中。


その間、どんな時も城島を使い続けた王監督。
城島の成長と、チームの常勝。


迎えた、1999年。
チームは念願の初優勝を果たす。
監督が望んだ城島の一本立ち。
城島は、最高の形で恩を返した。
そんな城島は、いまも王監督から学んだある教えを大切にしている。


【城島】
王さんが僕らにいつも言ってたのは、
お前らにとって140分の1試合かもしれないし、
野球人生からすれば、2000試合分の一試合かもしれないけど、
今日しかこれない子供もいるんだと。
三振しようが、エラーしようが、そういうのは、いいんだと。
グラウンドに出続ける義務があると、若い頃から教わりました。


不振に終わったメジャー3年目。
苦しんだ城島だが、
そのときも王監督から学んだこの野球観が支えとなった。


【城島】
監督がもしアメリカにも来たら一番緊張するかもしれないですよね。
ちょっと頑張らなくてはいけないと。
怒られないだろうかと思うかもしれない。
これは僕らが成長した姿を見せなくてはいけないでしょうし、
観に来て欲しいですね。



《王監督・杉内俊哉》

2004年、プロ3年目だった杉内は
6月1日のマリーンズ戦で、2回7失点。
大乱調で降板すると自らの不甲斐なさにベンチを殴打。
両手小指骨折、シーズンを棒に振る。


このとき王監督は、
「悔しさは誰でもある。でも何のために選手をやっているのか?
絶対にやってはいけない。」と
プロとしての自覚、そして、冷静さを持てと杉内を叱った。


この監督の教えに杉内は生まれ変わった。


【杉内】
今年はやらなければいけないという気持ちが強い。
去年の分も取り返さなければ。


もう一度プロとしての自分を
見つめなおした杉内は翌2005年、
自己最高となる18勝をあげ沢村賞を獲得。
さらに2007年にはチームトップの15勝を上げるなど成長を見せる。


そして王監督の信頼を勝ち取った左腕は2008年-


【王監督】
誰が見ても彼が開幕のピッチャーとして申し分ないと思いますね。
チームメイト、そしてファンからも信頼されている。


今シーズン開幕投手を任された杉内は
自身初となる2年連続2ケタ勝利、
そして奪三振王のタイトルも獲得した。


そんな杉内は、試合前誰よりも早くグランドに入る。
それは王監督から教えられたプロとしての自覚。


【杉内】
7年間一緒にプレーしてきて優勝目指して
一緒に歩んできましたけれども一つの時代が終わるのかなという
さびしい気持ちですね。


《王監督・川崎宗則》

監督が僕に教えてくれた事は、
ユニホームを脱いでからも
野球選手だという事。今でも心に残っています。


王監督が若い選手達に繰り返し諭していた事、
それは「ファンを大事にする事。」
王監督のこの言葉を実践する
川崎のまわりには、いつもファンの笑顔があふれている。


ファンの大切さを教えてくれた王監督が
2006年7月胃の全摘出手術を受け戦線を離脱。
この時、誰よりも監督の容態を心配し、
いち早く病院へ駆けつけたのも川崎だった。


【川崎】
(病室で)素振りさせられました。
ファールが多いぞ。気合入れろ!
こっちが元気をもらいました。


そして迎えた王監督最後の試合。
川崎が目にしたのは雨が降りしきるなか、
ファンの声援に応え続ける
王監督の姿だった―


【川崎】
監督のためにもファンの皆さんが元気が出るようなプレーをしたい。


《王監督・和田毅》

【王監督】
一番いいドラフトができたな。


2002年、王監督にそう言わしめたドラフトで
当時ダイエーに入団した和田。


昨シーズンまでに新人から5年連続での2ケタ勝利。
期待通りの活躍を見せる中で、
和田が支えとした、王監督からの「教え」。


【和田】
自分で責任を持つというね。
すべてにおいて、行動において、言動においても
すべてにおいて自分に責任を持つというね。


王監督から学んだ、
プロ野球選手としての「責任感」。


和田は、プロ入りからこれまでで1000投球回を投げた。
これはチームの投手陣の中で最も多い数字である。


【和田】
怪我をしないで投げるのもプロ。
調子を維持するのもプロ。
決められたローテーション内で一年間投げる、
僕の中でそれが一番大切にしていることですね。


和田の登板日、
静まり返る試合後のドームには、
いつも決まってその姿がある。

プロ野球選手としては華奢な体つき。
練習の虫と化すのも、
ただ、その「責任」を全うするためである。


本拠地最終戦。
王監督を送る、和田の表情に、涙はなかった。
これから先、この先何十年も、自分には、
プロ野球選手としての大きな「責任」があると、思うから…


【和田】
本当に50年間、野球人として歩んでこられたと思いますので、
僕自身、50年出来るかどうかわかりませんけど、
しっかりと責任を持ってやって行きたい。


《王監督・松中信彦》

主砲としてチームを支えた松中が
ホームラン王・王貞治からもらった言葉-


【松中】
ストレートを一球でしとめろ…


松中が王監督の言葉を実現したのは2004年。
プロ野球史上7人目、王監督も2度獲得したことのある三冠王を獲得。


【王監督】
ホームランを打とうと思って打てるものではないし
あの10日間ぐらいのプレッシャーというのは
私も昔あったが彼ほど競ったことがないので彼は大変だったと思う。


しかし2006年、
王監督リーグ戦途中での突然の休養宣言。
さらに松中は極度の打撃不振に陥る。
そんな中、最終戦のグラウンドに王監督が帰還。
主砲に檄を飛ばした。


【王監督】
長期に渡って調子が崩れてしまうとういのは私自身昔ありましたけど
調子が悪いものは練習しないとダメだということで今まで通りのこと。


同じホームランアーティストとして
強い信頼関係で結ばれた2人。
松中はホームラン王・王貞治を追い続ける。


【松中】
王監督が12年間言い続けてきた「ストレートを一発でしとめる準備」と
「必ず打つ」と言う事を引退まで想ってやっていきたい。


ともに戦い、ともに泣き、ともに笑った14年間。
監督王貞治、人間王貞治の教えはホークスの伝統として
これからも受け継がれていく。