2007年12月22日 放送

今シーズンの成績はJ2で8位。J1復帰の夢は叶いませんでした。
「最初の1クールはとても良かったがその後プレッシャーが大きく、精神的にも肉体的にも勝つだけの強さがなかった。」と振り返るリトバルスキー監督。
西ドイツ・ベルリン生まれの監督は5歳のときからサッカーを始めました。ドイツ代表としてワールドカップに3度出場、イタリア大会での優勝に大きく貢献しました。

1993年には産声を上げたばかりの日本のJリーグに飛び込みます。
「最初の3試合くらいは遠慮からか他の選手がボールを取りに近寄ってこなかった。でもアントラーズの本田選手とヴェルディの北澤選手だけは突っ込んできました。」
最初の頃は言葉の壁も厚く、厳しく言ったつもりが通訳を通すと優しく伝わってしまったといいます。
「ドイツ人は単刀直入。日本人はやわらかく遠まわしに言うことが多いです。一方ドイツ人は忍耐に欠ける所があるのですぐに決断するが日本人はまず状況をふまえて良く考え、納得してから行動に移します。」

16人という大量の選手を放出したことについて…
「これは選手にもサポーターにもつらいことです。しかし今こそ新生アビスパ福岡に向けてがんばる重要なときなのです。なぜこう決断するのかきちんと説明してわかっていただきたいと思っています。」

J1復帰。目標ははっきりしていますがそう簡単ではありません。
ファンに対しても選手に対しても説明が足りなかったという今季の反省に立った上で来季こそは監督、選手、サポーター、チームにかかわるすべての人が一丸となって良い結果を残してほしいです。
| アビスパ福岡 監督 ピエール・リトバルスキー 氏 |
| 1960年4月16日 ドイツ・ベルリン生まれ |
| ワールドカップ出場歴 1982年(準優勝)・1986年(準優勝)・1990年(優勝) |
| 1967年~1993年 FCケルンなどドイツ、フランスのクラブチームに所属 |
| 1993年 | ジェフ市原 |
|---|---|
| 1996年 | ブランメル仙台 |
| 横浜FC監督、シドニーFC監督などを経て | |
| 2007年 | アビスパ福岡監督に就任 |
日本に来て14年。日本語もとても上手で、インタビューの間は英語と日本語が半分ずつくらいでした。休日にはお子さんと一緒に浜辺で散歩したり自転車に乗ったりすることもあるそうです。「福岡はこれまで住んだ他の都市に比べて住みやすい。」と話していらっしゃいました。